バレンタインデーから距離は変わらず
↑の続き
あれからというもの、私と濱田先輩の距離はやっぱり変わらないわけで...
「はぁ〜、濱田先輩かっこいいなぁ」
「眺めてるだけじゃ何も変わらんて!俺が呼び出したろか?」
窓の外でいつものようにシュートをキメている濱田先輩。そんな彼を眺めるのが日課になっている昼休み。毎度恒例の私のひとり言にしびれをきらしたのか席を立とうとする神ちゃんを必死に止める。
「いい!いいの!今で幸せなの!」
「ほんまか〜?俺、何でも協力したるで?」
神ちゃんが首をかしげながらきょとんとした顔でこちらを見つめる。私はなぜこの人を好きにならなかったのだろうか。
「神ちゃんほんといいやつ〜〜!いい嫁さんなるね!!」
「いや逆や!嫁さんなれへんわ!」
「流星が居眠りしてるときにブランケットふわってかけてあげるの見ててドキドキしちゃったもん!」
「もうあれ流星専用みたいになっとるからな!」
神ちゃんの可愛さ溢れる優しさに癒されながら今日も一日が過ぎていく。
「神ちゃん帰ろ〜!」
「おー!じゃ、流星先帰るわ!」
「部活だるいねんけど〜、俺も帰りたくなってきたわ」
「じゃあ部活終わるまでグラウンド横で待ってんで?」
「神ちゃん残るなら私も...」
「神ちゃんはええけどお前はあかん。」
「なんで!?」
「どーせ濱ちゃんやろ!思っとることが丸わかりすぎんねん!」
「ちがう!」
「まー!まー!ふたりとも落ち着いて、な?」
あれから流星は濱田先輩が話題に出るだけで嫌な顔するし、サッカー部の見学も反対するし、あの時背中押してくれたのは誰だったのか。流星の思考が読めない。
「...もういい!」
足早に教室を後にすると、少し先に濱田先輩。手にサッカーボールを抱えて、タタタッと階段をかけ降りる。
「やっぱり濱田先輩はかっこいい...」
つぶやくだけで話しかけられない自分になんだかもやもやする。見てるだけで幸せだけど、やっぱりお話したい、と思うのは当たり前なことで。
「...話しかけてみようかな」
これもひとり言。だけどいつものひとり言ではない。
階段を降りて、靴を履き替えて、グラウンドへ向かう。ひとり、自主練習している濱田先輩と目が合う。先輩、前よりかっこよくなったな、なんて自惚れたこと思ったのは内緒。
「あれっ、久しぶりやん!練習見に来たん?」
こちらに近寄ってきてくれる先輩。相変わらず、屈託のない笑顔が素敵な濱田先輩はあの時と同じだった。
「いや、流星に来んなって言われてるので、」
「そーなん?別にええのになぁ。時間あんならベンチ座っとき?俺のかっこええシュート見せたるで」
こーきて、こーやっ!ぱーんっ!ってひとりエアーシュートをキメて笑わせてくれる濱田先輩は優しい。
「どや?もうな、想像ではかんっぺきやねん!あとは試合でボールがちゃんと足にヒットするかどうかやねんなぁ」
ひとりで盛り上がってひとりで心配しているのを見て、ぷっと笑ってしまった。俺の真剣な悩みを笑いおって!やっぱり小悪魔か!って大袈裟なリアクションとる先輩は私の元気の源だ。
「先輩のシュートする姿見たいです」
「プレッシャーや!自分で言うといてあれやけど!濱田崇裕、精一杯頑張ってシュートいたしますので、どうか見ててください!」
お願いします!となぜか頭を下げる先輩。冗談でもこんな事言ってくれるのがうれしくて、
「ベンチに座って応援してます!」
頑張ってください、と言葉を続けると、よっしゃ!今の俺は百万馬力や!見ててな!と、いつの間にか始まったらしいミーティングに呼ばれて走って行った。
私もベンチにやっと腰掛けると、すっと力が抜ける。知らない間に肩に力が入っていたらしい。ベンチからグラウンドまでの距離は教室の窓からグラウンドまでの距離とほぼおなじ。この距離感に安心していると、うしろから肩をぐっと引かれた。
…
「...もういい!」
「流星、あいつのこと追いかけんでええの?最近濱ちゃんにもあいつにもあたり強ない?」
「来てほしくなかってん。来たら濱ちゃんばっか見るやろ。」
「チョコ渡すの手伝ってあげたんやなかったん?」
「手伝っただけ。うじうじしとるしほっとかれへんかっただけや」
「やっぱ行ったほうがええで、まだそう遠くには...って、あ、」
「...おったん?」
「おったはおったけど...濱ちゃんと一緒やね」
ばっと神ちゃんの見てた方をみると、グラウンドに濱ちゃんとあいつ。帰ったんやなかったんか。目を離す隙もあらへんな。
かばんとジャケットを片手に走った。神ちゃんの、余計なことしてもうた、の声を背に。
グラウンドに着くと、すぐに目に入るあいつ。ベンチに座って誰かを一生懸命目で追ってる。誰を見てるかなんてすぐ想像つくけど。
濱ちゃんじゃなくて俺を見てほしい。そう思っていたら勝手に手が動いていた。そして強引に振り向かせてあいつにこう言った。
「...帰れや」
...
「...帰れや」
後ろを振り返ると、険しい顔の流星がこっちを見ていた。いつも険しい顔してるけど今日はその十倍険しい。なんでこんな怒ってるの?
あ、見学来るなって言われてたんだった。
「おい、さっき濱ちゃんとなにしゃべってたん?」
「特に、なにも、」
「ふーん、」
「私が濱田先輩を見ようと見まいと、流星には関係ないでしょ、なんでそんなに邪魔するの?」
さすがに私もこの間の流星の言動が嘘のように邪魔してくるのを我慢せずにはいられなかった。
「...そやな、関係あらへんわ。悪かったな」
「え、流星?」
めずらしく食い下がった姿に驚いた。さっきまでの険しい顔が嘘みたいになくなり切ない顔になって、流星の元から潤んだ目が余計にその顔を引き立たせた。
「やっぱ俺より濱ちゃんなん?」
「え?なにが?」
「なんで気づかへんねん、もう分かるやろ?」
「え、ごめん...わからない」
「そういう鈍感なところ、嫌いやわ」
怒ったのかスタスタと走り去ってしまった。
でも、あんな顔初めて見た...。
めったに見せない流星の切ない顔に動揺を隠せない自分がいた。
あの後、濱田先輩はしっかりシュートをキメた。とってもかっこよかった。...気がする。正直流星のことが気になって集中していなかった。
「なぁ!俺のシュートめっちゃきれいに入っとったやろ!」
部活終わりまで待ってた私は濱田先輩と一緒に帰ることに。すごく嬉しいはずなのに、先輩の話が入ってこない。
「ん〜、シュート見てへんかった?何かあったん?流星?」
ここでばっちり当ててくる濱田先輩はさすがだった。
「ごめんなさい、最近、様子がおかしくて」
「たしかになぁ〜流星、俺味方のチームのときでもボール奪われるし笑」
あの人なにやってんだ...。
「好きなんちゃうん?」
「...え?私ですか?!?」
「じぶんモテモテやな〜〜!流星は競争率高いやろ!すごわぁ!」
「やめてください!流星とはそういうのじゃないんです!」
私は競争率が高いなんて関係ない。ただ、今隣で笑っている濱田先輩が好きなのに。
「ま、流星ええやつやし、仲良くしてあげてな!んじゃ!」
ちょうど私の家の前に着いて、ほなまた明日!って手を降ってくれる濱田先輩に手を小さく振り返した。
今日は色々ありすぎたな...。疲れたし早く寝よう。食事とお風呂を済ませていつもより早めに寝た。
なのに朝。
ん?
自然に目が覚めた。いつもは目覚ましが鳴らないと起きれないのに。おかしいなーと時計を見る。
驚きすぎて声も出ない。
余裕で一限目が始まっている時間だった。
こんな時間に起きたのは初めてだし、ましてや遅刻も初めてだ。もう時間が立ち過ぎていて急ぐ気にもならない。
ゆっくり準備しよっと。
携帯を見ると神ちゃんから一件のメール。
昨日は大丈夫やった? めずらしく流星が遅刻やなくて感動したけど今度はお前がこーへんからなんか変な感じやわ笑 ところで生きてる?
最後の一文でぷっと笑ってしまう。無事に生きてるからとりあえず学校行くね、と返事をし、やっぱりゆっくりできず急いで学校へ向かった。
「あ!やっときよった!はよ!」
「神ちゃんおはよ!」
私が学校に着いたのは一限目と二限目の休み時間。我ながら頑張った方だ。
そういえば、と思って流星の席を見る。案の定寝ている。
「流星な、おまえに話あってはよ来たらしいで?」
「...怒ってる?」
「怒ってるというか、不機嫌?」
「だよね〜…」
昨日も怒らせて帰っちゃったし、ましてや今日に限って遅刻するなんて...
怖い。席真後ろだし、不機嫌だと相当めんどくさい。
「...失礼しまーす...。」
そっと、自分の席に着く。ふぅ。ぐっすり寝てて気づいてないみたいだ。あとは起きた時にどう対処するかだな。
てか起きなくない?
プリントを回す時とか、うしろからプリントを回収する時とか、全く起きない。全然起きない。ずっと机に突っ伏しててむしろ生きてる????くらい。
「おーい...りゅーせープリント回収しないと」
こそっと口に手を添えて言ってみる。
「.........うっさい遅刻やろう」
どんだけ根に持ってるんだこいつ。
「ごめんって、話しならあとで聞くから。とりあえず今はプリントをあつめ」
「授業おわったら屋上きて」
私の言葉を遮った流星が荒々しく私のプリントを取る。威圧的な雰囲気を放つ流星におびえながら授業を受けた。やっぱり怒らせるとめんどくさい。
「おーい、帰るやろ?」
授業終わりでみんなまばらに帰っていく中、いつも通り私の机に近づいてきた神ちゃん。
「ごめん神ちゃん、流星に呼ばれてて…」
「そういえば流星おらへんな」
「授業終わってすぐどっか行っちゃった」
「ついにこの時がきたんやな...」
「なんのこと?」
「いーや、なんもあらへん!じゃ、お先!」
神ちゃんがニコニコ手を降りながら頑張れよーって言ってくる。なんのことかと疑問に思いながら帰る支度をしていると、なぜか教室の扉らへんがざわざわしている。
「おっ!おった!」
「濱田先輩!!」
そこにはいつもかっこよくて人気者な濱田先輩。先輩が来ただけで群がりができるとは。
「よっ!あの後大丈夫やった?流星のことで悩んでたやん?」
「大丈夫じゃないです…流星怒ってて怖いんですよ!もうはんにゃみたいな顔してるんですよ!」
「はんにゃて!そりゃ大変そうやな〜、もしよかったらおもて、サッカー部見学誘いに来たんやけど、」
「えっ!行きたいです!」
「食い付きええな!用事片付いたらきてや!」
濱田先輩から誘われるなんて!こんな嬉しいことない!目の前のかっこいい濱田先輩にドキドキしてなかなかそばを離れられない。
「ん?なんでそんな見つめてるん?なんか俺の顔についてる?」
「いやついてないです、」
「なんや〜?俺の顔おもろいか?」
「ちがいます!濱田先輩がかっこ」
「おい」
いきなり後ろから首ねっこをつかまれた。そのイライラMAXの声は振り返らなくても誰のものかわかった。またしても私の声を遮ったひと。
「お〜!流星やん!今日部活くる?」
「行かへん。こいつに用事あるし」
ほら行くで、と私の肩を雑に掴んで歩き出す。
「濱田先輩!必ず見学させてください!」
「おう!まってんで〜!」
流星と真逆で爽やかにニコニコ手を振る濱田先輩。先輩好きだなぁ。静かに自分の想いをかみしめていると、
「おっそいねんお前。屋上来いゆうたやろ」
「だって、濱田先輩が...」
「濱ちゃんばっか見んなや」
「...え?」
「見てて気分悪いわ」
「あ、うん、ごめん?」
やっと着いた屋上のドアをあける。屋上は風が強く吹いていて少し寒い。
「これ着とき」
「...ありがとう」
流星から差出された上着は少し冷たかった。こんな寒いところに待たせてたの悪かったなぁ。
「なんで呼び出したかわかってるん?」
「いや、わからないかな」
「...俺って、友達?」
私をじっと見つめて聞いてくる流星。いつもは見せない真面目な顔にまた動揺を隠せない。
「うん、大切な友達!」
「やっぱ友達よな、...そうやろな」
「最近様子おかしくない?どうしたの?」
すると、流星がすっとこっちへ歩いてきて至近距離で立ち止まる。
「...ちょっと、なんか近くない?」
「...肩貸して」
コツン、と私の肩に頭をのせた。流星のすこし甘い匂いが鼻をくすぐる。
「濱ちゃんに負けたないなぁ、」
「ん?」
「ごめん...やっぱあきらめられへん」
「さっきから、なんのこと?」
ぎゅっと、いつの間にか私の背中に回った手で私を抱きしめる。
「好きや、お前のこと。濱ちゃんになんか渡さへん。、」
「あ、え、あの、え?流星?」
「まだわからへんの?」
そのとき。くちびるに柔らかい感触。理解するのに時間はかからなかったが、まさか、流星がそんなことするなんて。
顔がだんだん離れていく。そんなささいな瞬間でさえも流星はかっこよかった。濱田先輩以外にかっこいいと思った人ははじめてだ。
「...いややった?」
少し眉毛を下げて聞く流星はいつもとはちがう人みたいだった。
「びっくりした、っていうかなんというか」
「まだ濱ちゃんのほうがええ?」
「...えっと、」
「俺は濱ちゃんより幸せにする自信あるで」
「...濱田先輩に幸せにしてもらうんじゃなくて、幸せにしてもらってるの」
濱田先輩は流星よりは頭もよくないし(流星も相当だけど)、モテないけど、誰よりも優しくて人が良くて、努力を怠らなくて、みんなの人気者でいつもにこにこしてて、見てて元気になれる人。
そんな濱田先輩が好きなんだ。濱田先輩より、なんてそんな人私にはいない。
「ごめん、流星とは付き合えない。どうしても、濱田先輩のことがあきらめられない」
「...濱ちゃんと両思いになれるかなんてわからんで?」
「...いい」
「俺じゃなくてええの?」
「いいの、濱田先輩がいい」
流星が思いっきり大きなため息をつく。
「お前はホンッマ変わりもんやなぁ!」
あ〜なんでこんなやつすきなったんやろって頭をかく。
「見学誘われてるんやろ?行ってこいや」
「...うん!」
まだあきらめてへんから!なんて手を降りながら言う流星はいつもどおりの流星にみえた。
〜続く〜